『これをこうすればあーなる』は通用しない、比較するのをやめよう
分からないことが出てきたら
googleで検索すればたいていのことはわかってしまいます
そんなネット時代ですから、
『ああすればこうなるんだ!』と安易に考える人が多くなっています。
確かにプログラミングの世界では、こうすればああなるは確定的です
共通の機械言語で共通のルールでやっているのだからこれは当然です。
だからむつかしいプログラムも、1つずつ解きほぐしていけば
必ず正解にたどり着くことができます。
(これには結構根気が要りますけどネ)
しかし人間関係においてこれは成り立ちません(+_+)
ここをうまく理解していないと対人関係で失敗したり
あるいは子育てがうまくいかないという問題に直面します
人間はコンピューターと違い百人百様です
Aの回答がBには通用しないし、さらにCの回答はDにも通用しないかもしれません
そんな世界なのです。
それがネットの進化によりあたかもネットの世界に
正解があるような勘違いをしている人が多くなりました。
学校で学ぶ勉強の世界では当然正解があります。
特に数学や理科の計算が関わる問題では、きちっと同じ答えが出てきます。
しかし社会で起こるいろいろな問題はそのようなわけにはいきません。
ほかの人がどのような解を出したかを、ググれば調べることができますが
それがあなたにも当てはまるかどうかはわかりません。
ましてや子どもの教育に関してはなおさらです。
ググれば ググるほど、他人との比較に陥りますます
子育てがおかしくなります。
親にとって大切なのは自分の子供を他人と比較することではありません。
ありのままの子どもの姿を喜んであげる気持ちです。
不足な点ばかりに目を向けると、いつまでたっても満足はできません。
その閣下生まれた自分の不安を解消するために子どもを歪めてしまうのです。
赤ん坊が生まれてきた時の喜びを忘れてはいけません。
いつの間にかあれがたりないこれが劣っていると不足を嘆き
子どもの将来のためと言いながら自分の不安を打ち消すために
子どもに無理強いをしている場合が多いです
あるがままの子どもを認め承認することが子どもに安心感を与え
ひいてはそれが学力アップにつながっていきます。
子どもにとって、家が一番安心できるところでないといけないのです。
不安を抱えて落ち着けない状態では学習にも集中することができませんからね。
家に帰るとホッとする。そんな憩いの場であることが必須だと思います。
親に愛されていると実感できる子は、心・精神も安定するので
いろんなことに集中力を持って取り組めます。
顔見たら「勉強したの?」って言われる家庭では、
残念ながら、子どもは勉強しませんよ。